ミッケタナボッケ 1.真夜中、自分の家

「そりゃおめえ、わしも一回切りさ。」
おじいさんのしわがれた声がふすまを通り抜けて居間の外まで聞こえる。その陽気な声から、お酒を飲んでいることが分かる。そして、しわの刻まれた手を使って最大限のパフォーマンスをしながら話をしていることが簡単に想像出来る。話し相手は多分お父さん。でも、話の内容が何なのかは分からない。僕は居間のふすまをそっと開けた。
「おや?一輝(かずき)、どうしたんだい?」
話し相手はやっぱりお父さんだった。お父さんは僕にいち早く気が付いて声を掛けてきた。お父さんの声はその顔と似ていて、丸い。その丸い顔はお酒のせいでほんのり赤くなっている。
「のどが渇いて…。」
「んじゃ、これを飲むかぁ?」
おじいさんは自分のコップを差し出した。すかさずお父さんがツッコミを入れる。
「お義父さーん、未成年ですよ~。」
「ハハハ、これは一本取られたな。」
笑いながらおじいさんはお酒をすする。もうすっかり出来上がっているみたいだ。僕は居間の奥にある台所の冷蔵庫を開け、お茶を取り出してコップに注ぐ。その間にもお父さんとおじいさんの会話は続く。
「んで、一輝はいくつだっけ?」
「もうすぐ十二になります。」
「そうか、もうそんな年か。わしがアレを見たのが十の時じゃから…。」
アレって何だろう?僕が一瞬でも知りたそうな顔をしたのをおじいさんは見逃さなかった。よほど話したかったのだろう。すぐに声を掛けてきた。
「一輝はミッケタナボッケを知っとるか?」
「ミッケタナボッケ?」
聞いたことのない単語だった。僕は眉間にしわを寄せて聞き返した。するとおじいさんは、では教えて進ぜよう、と言わんばかりに立ち上がった。
「ミッケタナボッケは古より伝わる呪文じゃよ。ミッケタナボッケ、と小さく呟いて股の下からそっと向こうを覗く…。すると、見えるんじゃ。」
「何が?」
続きを早く聞きたくて思わず出た言葉に逆さまのおじいさんの顔が答える。
「逆さまのお前さんが。」
僕はとんでもない肩すかしを食らった。お父さんはクスクス笑っている。
「当たり前じゃん…。」
呆れ顔の僕に構わずおじいさんは座り直した。そしてポツリと言った。
「じゃが…時たま、アレが見える時がある…。」
そんな言い方をされればつい聞き返したくなる。
「アレって?」
「さあ、何じゃろな?」
僕はまたしても肩すかしを食らった。やっぱり酔っ払いの相手なんかするもんじゃない。そう思った時、お父さんの少し真剣味のある声が聞こえてきた。
「…幽霊…妖怪…精霊…神様…物の怪…鬼や天狗…。名前は違うけど、正体が分からないのは同じ…。」
「見えたとしても近付いちゃいかんぞ~。」
「僕は見ないよ、きっと。」
そう言って僕は居間から出た。
「お休み、一輝。」
「お休みなさい。」
ふすまを閉めた後も、お父さんとおじいさんの話が少しだけ聞こえた。
「もういなくなっちゃったんですかね、ソレ。」
「わしが子どもの頃は十人いたら三人は…。」
でも僕は構わず二階の僕の部屋に戻って布団にくるまった。ヒューヒューと冷たそうな風がガタガタと窓を揺さぶっていた。

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この記事へのコメント

2012年04月30日 02:34
今度は怪奇ものですか。無闇におどろおどろしいものではなく、どこかノスタルジックな雰囲気ですね。「百鬼夜行抄」を思い出しました。
一輝くんは、万年筆を盗まれた彼ですね?

佐久間「うぃ~、酒に酔った一輝を私がいただくという話はどうなった?」
山田「消えろ酔っ払い。」
佐久間「うぃ~。」
山田「お前が12歳の頃と言えば、かなり荒れていた時期だったな。」
佐久間「おい、何を余計な話をしてるんだ。ミッケタナボッケの正体を推理しようではないか。」
山田「・・・少なくとも、佐久間みたいな害のあるものではなさそうだが。」
2012年04月30日 09:18
>アッキーさん

「百鬼夜行抄」は妖怪がわさわさ出て来ますが、全体の空気が温かい気がします。「夏目友人帳」もそんな感じ。
そして万年筆の彼、一輝君再登場、というか初登場?

白龍「悪い人にうちの子は渡しません!」
パルナ「酔っ払いの相手は、やまだに任せるんだ。」
白龍「さあて、ミッケタナボッケの正体とはいかに?」
パルナ「教えて、教えて~。」
白龍「続きを読んで下さい…。」

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