薮 零士 プロローグ

紋白町の大通りから少し横道にそれれば一気に人通りが少なくなる。その道から更なる小道に入れば、そこは昼間でも人っ子一人いないことも多い路地裏。人一人は通れるが二人になると難しい。

そんな道沿いに病院があるなどとは知らない人は誰も知らないし、偶然訪れることも滅多にないだろう。その病院の名前は薮病院。名前だけ聞けば胡散臭そうだが、知る人ぞ知る名医がそこにいる。今は二人の人が治療のために訪れていた。

「はい、これでもう大丈夫ですよ。」
本当の年齢は五十を越えるが、見た目は三十代後半ぐらいだろうか。藪病院の院長、藪 四郎(やぶ しろう)はたった今治療を終えたところだった。

「藪先生、いつもありがとっね。うちの叔父さん、毎回実験に失敗するから、ほんと駄目でさ。」
その女性は叔父への呆れ半分慣れ半分といった声でお礼を言った。
「築根(つくね)ちゃん、そんなこと言わんでくれよ…。」
治療を受けて包帯をしっかり巻いてもらった男性は愚痴をこぼす。それを女性は睨んだ。

「ん~?今回の怪我だって自業自得だし。って言うか危うくあたしまで巻き込まれるところだったんですけど?」
「ご、ごめんなさい…。」
「ま、別にいいんですけどね~。」
築根は口笛を吹きながらツンとした態度を取った。

「薮先生、いつもありがとうございます…。」
「いえいえ、怪我人の治療は医者として当然ですから。」

その時、築根は四郎が座っているところの奥にある、棚の上に古びたランプが目に付いた。
「藪先生、骨董品とかに興味あるの?渋いね。いい感じじゃん。」
「ん、あれかい?あれは父の形見なんだ。」
四郎は棚から古びたランプを手に取って、築根の目の前に持ってきた。

「父も医者でね。山奥の電気が届かないようなところなんかでは、これを重宝していたんだと思う。今でも大地震の後とか、もしかしたら使う場面が来るかもしれないと手入れだけは欠かしていないけど、そんな機会は来てないなあ…。まあ、来ないに越したことはないけれどね。」
薮 四郎は少し遠くを見るような目をしていた。



(夜行バス転落事故…父の命日。あの事故は新聞の三面記事に少しだけ載っていた。乗客とバスの運転手合わせて8名、その内7名が奇跡の生還。だが、奇跡なんかじゃない。父さんだ。あの日、どんなことがあったのか分からないけど父さんが乗客、運転手、全員を治療して助けたことだけは確かなんだ。そう、あの日…。雪の降るあの日…。)

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この記事へのコメント

2013年08月20日 21:04
火剣「シリアスだ」
コング「シリアスは困る」
火剣「なぜだ?」
コング「ギャグが飛ばせない」
火剣「飛ばさなきゃいいだろ」
コング「藪四郎。渋いね。女にモテそうだ」
火剣「実際女にモテるタイプだな。気さくだし」
コング「人通りの少ない道で痴漢が出るかと期待したが」
火剣「アホか」
コング「あるいは前から怪しい男。反対方向に逃げようとしたら怪しげな男。『嘘、どうしよう、挟み撃ちにされた!』」
火剣「妄想はいい」
コング「前にドクターヘリのドラマを見たが、事故現場は設備なんて揃っていない場所だ。しかし医者は瞬時に判断し、諦めずに手を尽くす」
火剣「外は雷雨か?」
コング「僕が真剣な話をしたからと言いたいのか?」
火剣「そうだ」
コング「そうだ、そうだ、ソーダ水」
火剣「お、小雨になったか」
コング「ほう、僕は単なるバカか?」
火剣「親子二代で医師か。まあ藪四郎は訳ありだが」
コング「訳のない人間なんて、いねえぜ」
火剣「また降ってきた」
2013年08月21日 00:48
「スーパードクターK」の様々なエピソードを思い出しました。Kが父を亡くした原発事故や、負傷した状態でのオペ・・・四郎さんの父も、そのような状態だったのでしょうか。しょっぱながら惹きつけられる物語です。

佐久間「人を助けて死ねれば、医者として本望か? それとも、絶対に自分が死ぬのは嫌か?」
八武「そのときになってみないとわからないねぃ。私は自己犠牲を好んではいないが、自己犠牲を嘲笑うことに対して立てる腹はあるのでな。」
山田「バスの転落事故か・・・。」
佐久間「山田の両親は交通事故で亡くなったんだったな。」
山田「ああ。即死だったらしい。」
八武「残念だ。死んだら救えない。どんな名医でも。」
2013年08月21日 18:39
>火剣獣三郎さん
ギャグ満載(?)だった前の小説から趣を変えて、しんみりシリアスなお話に。まあ、ギャグが飛ばせるかどうかは次を見てからご判断を。ここは奇奇怪怪なことが起こる世界ですから。四郎さんは渋いですね。医者としての腕はいいし、謙虚だし、優しいし、気さくだし…。マジでいい人だ。
人通りが少ないと痴漢が出るか…。でも人が少なすぎて痴漢も出ないかも。しかし、夜だと殺人鬼でも出そうな感じかも。狭い道だと挟み撃ちにされたら絶体絶命!でも、助けが入るのもお約束ですよ?
突然の事故に対して満足な装備などあり得ない。でも医者なら命を諦めたりしないから、不完全な装備でも果敢に戦う。そして命を救おうとする。その情熱は計り知れない。
四郎さんが医者を目指したのはお父さんの影響が大きいですね。四郎さんは訳あり、ではお父さんの方は…?
2013年08月21日 18:40
>アッキーさん
ドクターKもたくさんの命を救い、そして…。本当に何度絶体絶命の中でオペをしたんだか…。四郎さんのお父さんもそんな感じか?絶体絶命の中で何をして、何を考えていたのか。自分の命か、人の命か、どちらかを選ばなければならないというのは究極の質問。そこに至る過程はいくつもあるのでしょうが、結果として誰かを助けて死ぬこともあるでしょう。本望か、無念か、自己犠牲か、自己満足か、はたまた…。もし、何かをなすために命を落とした人がいるのなら、それを正当に評価することなど誰にも出来ないのではないかと思ってしまいます。命は…重い…。

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