英雄再来 第十一話 ソルディエル2

奪えないもの一つだけ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「!!!」
ジェゼナが部屋に入った時、そこには寝台から落ちて暴れている少女がいた。
「落ち着いて!大丈夫だよ!」

ジェゼナは少女を抱き抱えて体を押さえ、大きな声で大丈夫だ、落ち着いてと叫びながら、暴れるのを止めた。

「はぁー!はぁー!はぁー!はぁー!」
目を血走らせ肩で呼吸する少女をジェゼナは赤ん坊をあやすように抱き締め、体を軽く叩いて温もりを与え続けた。
「魔法使いが!魔法使いがー!!」
「大丈夫。ここにはいないよ。」
「そこに!そこに魔法使いがー!!」
「落ち着いて。ここにはボクと君しかいないよ。」

しばらくして少女は少しだけ落ち着いた。そして先程見たものが夢だということに気が付いた。先程のことが夢であることへの確信が強まると同時に安堵の感情が押し寄せてきた。そして、それは涙と声になった。
「ふぇええええええええ!!!怖いよー!怖いよー!!」
少女はジェゼナを強く握り、泣き叫んだ。
「どうして、あのまま死なせてくれなかったの!?あのまま死ねたら楽だったのに!!神様のところで、天国で、お父さんとお母さんに会えたのに!!」
それは感情の大爆発だった。今まで押さえ込まれて誰にもぶつけることの出来なかった気持ち。
「生きてても仕方ないじゃない!生きてても何も出来ないじゃない!こんな足で、こんな体で、何が出来るの!?」
生きる気も死ぬ気も湧いてこない、頭でそう思っていても、気持ちはずっと心の中に蓄えられていた。本心はずっと叫びたかった。叫んでもどうにもならないと、恐怖で押さえつけられていた気持ちが溢れ出た。
「人間は無力!魔法使いの前に人間は無力じゃないの!こんな世界に生きてても価値なんてないじゃない!意味なんてないじゃない!あの時、皆と一緒に死んでいればよかったんだー!」
そして、少女はジェゼナに抱き締められたまま一晩中叫び続けた。朝が来るまで叫び続けた。



朝が来て、日の光が差してくると共に少女は次第に落ち着いてきた。それと共にジェゼナが喋り始めた。それは語り部のような、独り言のような喋り方だった。
「そうだね、人間の力は小さい。魔法使いの力は大きい。その差は圧倒的だ。魔法使いは何もかも奪う。親も家も村も友も、それから体も。」
ジェゼナは自分の腕を覆っている長い手袋を外した。肘から先は機械で出来ていた。

「!!?」
少女は驚き、その腕を見つめた。その腕が今度は長い靴下を引っ張って取った。膝から下は機械であった。

「ボクがマチネに見つけてもらった時には全身大火傷で、両手両足は焼け焦げていて触っただけでボロボロと崩れ落ちたんだって。だから、ボクがマチネに運ばれて治療を受けて意識が戻った時、両手両足がなくて、全身どこを見ても火傷の跡しかなかった。魔法で蓑虫にされたんだって、思った。」
ジェゼナはひと呼吸おいて、自分の心を落ち着かせてから言葉を繋げた。
「きっと魔法使いは全て奪ったつもりだったと思う。でも、ただ一つだけ奪うことが出来なかったものがある。魔法使いに対抗しようとするボクの意志。これだけは、あれだけ巨大な力を持つ魔法使いであっても奪うことが出来なかったんだ。」

少女にとって人生で一番の衝撃だった。自分よりも多くのものを奪われてなお、この人は魔法使いに牙を剥こうとしている。両足を失った不自由を噛み締めた少女にとって、両手すらも失ったジェゼナの苦しみがどれほどのものか想像に難くなかった。

「自分の意志は、最後は自分が決める。周りから色々言われても、自分が決めたらそれが絶対。例え、魔法使いであってもボクの意志を挫くには弱過ぎた。」

魔法使いを弱いと評したジェゼナの言葉は強がりなどではなかった。少なくとも少女にはそう感じられた。自分よりも多くのものを奪われたジェゼナが言うからこそ大きな意味があった。意志を貫くという一点においてのみ、魔法使いと対等でいられるという意地と誇りが感じられた。裏を返せばその一点でのみでしか魔法使いと戦うことが出来ないということであったが、それは希望であった。微かな、一息で消えてしまうような、希望の灯火であった。何もかもを奪われ、全ての抵抗が通じなかった魔法使いに対して唯一抵抗しうる手段の確立。それは、魔法使いには絶対に歯が立たないという迷信を打ち破る力だった。

それがあまりにも儚いことは少女も分かっていた。悪く言えばただの自己満足。自分の中では意志を貫いたとしても、殺されたら貫いた意志も残らない。意志を奪えなかったという事実は確かめようもなく、殺される時に満足して死ねるかどうかの違いのみ。魔法使いに殺される瞬間に、「ざまあみろ、命は奪えても意志は奪えなかったな」と心の中で嘲ることぐらいしか出来ない。それでも、その一点だけでジェゼナは立っている。両手両足すら失った状態から立ち上がったのは、その一点に対する一種の信仰心のようなものだった。人間の強さへの信仰だった。

自分にはまだ残っているものがある。奪われていないものがある。そして、魔法使いであっても奪えないものがある。その日、少女はもう一度、生きようと思った。










マチネ建国に関わった者達の思想をジェゼナなどの者達が引き継ぎ洗練させた『魔法信仰』に対する『人間信仰』は魔法使いに対抗する原動力となっていた。その信仰心ゆえに、マチネは魔法使いに勝てないという『古き悪しき伝統』を打ち破り、武器の強化、兵器の開発、国の機械化を加速させてゆく。魔法を否定し、魔法を打ち破ることで人間としての更なる発展があると信じ、人間の手で生み出した機械こそが人間の意志を体現するものであると主張し、ただひたすらにその方向へと進んでいった。

その過程で、歪みや人間の意志を除外した『機械信仰』、そしてその暴走が生まれることになることをジェゼナは思い至れなかった。

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この記事へのコメント

2014年12月31日 16:06
火剣「ジェゼナは絶望の少女に生きる力を与えたか」
ゴリーレッド「手足を失うというのは極端な悲劇としても、体験は強い力だ。たとえば大病の人に、健康優良児みたいな人が『病は気から』なんて励ましたら『帰れ』と言われてしまう。しかし今現在闘病生活を送っている人から『共に勝とう』と言われたら聞くだろう。一見マイナスの体験が時にプラスに働くのが人生だ」
火剣「悪夢から覚めても現実は悪夢の中。きついな。生きること自体が戦いだ」
コング「僕の意志も固い」
火剣「ブレない男」
ゴリーレッド「人間の潜在能力を信じる人間信仰は素晴らしいのに、なぜ機械信仰になってしまったのか。惜しい」
火剣「それが人間のサガでもある」
ゴリーレッド「死後の世界を知ることも重要で、死んだら天国へ行って父母に会えるか。会えないとしたらどうするか」
コング「天国に行くはずが地獄に落ちたら困り果てるだろう。そんなはずはないと顔面蒼白」
火剣「やはり生きるしかない。とにかく生きる。生きて生きて生き抜く」
ゴリーレッド「死ぬまで生き抜く。自ら命を絶ってはいけない。自分だけの命ではないから。そして寿命が来て死ぬ時に、意志が重要。この意志だけは来世まで持っていける」
コング「お金は1円も持っていけないからな」
ゴリーレッド「一生を懸けて自己の意志を強固に磨き鍛える。来世も持っていける意志だからこそ、磨き鍛え甲斐がある」
コング「きょうは大晦日。今年の意志がそのまま来年も継続するようなもんか」
火剣「哲学的だ。だから各地で雪の予報」
コング「えん魔くんの雪子姫がかわいい」
ゴリーレッド「強制終了!」
ゴリーレッド「
2014年12月31日 22:00
>火剣獣三郎さん
ジェゼナの言葉が少女に届いた。他の誰かがいうのではなく、両足に加えて両手も一度は失ったジェゼナだったから言葉が届いたと思われます。体の一部、ましてや何かを掴むための手と立ち上がるための足を失うことは大きなマイナス。しかし、そのことが、同じ体験をした別の誰かの心に触れることが出来るようになった。失ったことのある者だからこそ出来ることもあると思います。
魔法使いは幻覚、夢でありましたが、そこから覚めても両足を失ったことや辛い体験をしたことは消えない。生きること、それ自体が苦労の連続で、難しい戦いを強いられているのかもしれません。日々をただ普通に、穏やかに、健康に、平和に生きることの何と難しいことか。
この頃のマチネはまだ小さく、今現在のような大人数でもなければ巨大な壁がある訳でもありませんでした。地形を利用してアジトを作っているような、ゲリラ的な集団でした。そこで培われた人間信仰ですが、急速な機械化やマチネという国の肥大化、それと魔法使いの被害を直接受けない子世代孫世代が増え、いつの間にか人間の作った機械のみが凄いという機械信仰へと変わってしまいました。その結果がジュールズ虐殺へと繋がりました。ちょうど、貧しい民の心を救ったキリスト教の教会がいつの間にやら免罪符を売り出したのと似ているかもしれません。
2014年12月31日 22:01
死後の世界は色々な宗教で語られることが多く、昔、悪いことをして死んだら閻魔様に舌を抜かれるという話と共に閻魔像を見て酷く恐怖したのを覚えています。死後の世界がどうなっているのか、天国か、地獄か、それとも無なのか。それは死んでみないと分からないですが、少なくともお金は持っていけない。それと、悔いの残らない死に方をしたいと思います。それは精一杯生きる後悔のない人生を歩むことと同じ。心は、それがどうであったかということを誰かが証明することは難しいですが、確かに存在するもの。その意志は死んでも残る気がします。
気が付けば一年の終わりがもうすぐそこに迫ってきました。今年は次回が最後の更新になりますが、来年もまたよろしくお願いします。

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