英雄再来 第十二話 大博士6

ワシは既に赦しておる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

大博士は装置に入ったまま懐から薬を取り出して飲み込んだ。
「ふうっ…。」

アウトマはそれを止めることが出来なかった。それが何の薬かは分かっていたが止められなかった。それを止めても無意味だと、震えながら自分に言い聞かせていた。

「薬が効くまで少し時間があるなぁ…。どれ…思うところを適当に語っておくか…。そうじゃなぁ…最後じゃし、ワシの本心を語ろうかの。」

「本心…?」

「実はの、アウトマよ。ワシはもう魔法使いを恨んではいないのじゃ。」

「…。…。…は?」

その発言に驚き、アウトマはしばし声も出なかった。


「あっはっは!そうじゃろう、そうじゃろう。ワシ自身も驚いているぐらいじゃ。ワシの中にはもう恨みも憎しみもない。既にワシの心は魔法使いを赦しておるのじゃ。」

大博士は濁った瞳で天井を見ながら言葉を続けた。

「むしろ魔法使いには感謝しているぐらいじゃ。魔法使いがたくさんのものを奪ったから今のマチネが存在するんじゃからな。奪ってくれて、殺してくれて、焼き払ってくれてア、リ、ガ、ト、ウ…。じゃから、魔法使いを殲滅するのに何の罪悪感も抱かずにいられるんじゃよぉ…!」

その時の大博士は形容し難い不気味な笑みを浮かべていた。普通、微笑みは見る人に安らぎや安心感を与えるのに、大博士のそれは悪魔のような見る者に恐怖を与える笑みだった。

「予言しよう!魔法使いは死ぬ!一匹残らず死ぬ!永久王道具『侵食統一(ジェゼナ・グルード)』と領域王道具『表裏皆無(クライ・クライン)』によってマチネは『完成』する!最早、魔法使い程度ではどうしようもない完全なる存在へと!その完全はこれから先、急速に発達し、機械が機械を生み、武器を生み、兵器を生み、魔法を呑み込む!一切の魔法は機械に敗北する!ざあま、ああっはっはっははは!!」

大博士はそのまま濁った瞳をアウトマに向けた。

「アウトマぁ…。死ぬ時というのは今まで嫌いだったものを好きになり、赦せなかったものが赦せるようになるのじゃよ…。おかげでワシの心は安らかじゃ…。何の罪悪感も、何の恨みも憎しみもなく死ねる…。アウトマぁ…。お主も、いつか魔法使いが赦せるようになるとよいなあ…。」

アウトマはただ大博士の言うことを黙って聞いていた。

「アウトマぁ…。『表裏皆無』の使い方は追々分かるじゃろう…。そうすれば、これが如何に凶悪な王道具かが分かるはずじゃ…。魔法など目じゃないほどにな…。くっくっく…。」

大博士はそのまま視線を天井に戻した。

「考えれば魔法使いも哀れよのぉ…。奴らもまた人間から進化しただけの人間の一形態じゃが、その行動が機械という更なる人間の一形態を生み出し、自分達を駆逐するのじゃから…。まさしく、ワシらのためだけに魔法使いは生まれてきたんじゃ…。今までの苦渋も辛酸も、魔法使いがワシらの更なる進化のための踏み台に過ぎないと気が付けば、途端に憐憫の情に変わる…。つまり、魔法使い共には死んでいただくのじゃよ。ワシらのために。ありがたい!これが礼を言わずにいられるかいの。ありがとう魔法使い!ありがとう!あっはははっはは!!」

それは乾いた笑いだった。砂漠を吹き抜ける風のような、乾いた笑いだった。










大博士は語り疲れたかのように喋らなくなった。そして動かなくなった。アウトマはそれを確認してから、決心を固めるように拳を作った。

「大博士…。今までの研究成果、技術部の技術の粋、そして領域王道具『表裏皆無』、全て引き継がせて頂きます…!」

アウトマが機械を操作すると、大博士の寝そべっていた場所の入口が閉じて完全な密閉空間になった。そして、そこに奇妙な色の液体が注入され、溶液で満たされていった。完全に液体に満たされたそれは、人間の標本のようだった。大博士はそのまま安らかな笑みを浮かべて液体の中で微かに揺らめいていた。

その後、アウトマは近くの椅子に座り、頭に機械で出来た帽子をかぶった。その帽子にはたくさんの配線が付いていて周囲の巨大な装置に繋がっていた。

その後、この研究室の地下で何が起こったのか知る者はいない。分かっていることは、この日を境に大博士の姿は消え、今まで以上に研究に没頭するアウトマの姿がマチネの技術部のいつもの風景となっていくことだけである。

アウトマの研究への没頭ぶりにはソルディエルもエクスもとても心配した。まるで恐ろしい何かから逃げるように、何かを忘れたいかのように、何かを祈るようにアウトマは研究に没頭した。その姿からアウトマは自然と大博士の後継者として、皆から博士と呼ばれるようになっていった。

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この記事へのコメント

2015年04月21日 05:13
加害者への感謝。この境地に辿り着くのは、それこそ死ぬ間際のことなのかもしれませんね。それも、殲滅を確信してのこと。
私は、とても大博士のような境地に辿り着けるとは思えないですし、許したくもありませんが・・・それも死ぬ間際には変わるのでしょうか? 死んだ経験が無いのでわかりません。
表裏皆無の能力は、もしかして知識の継承? 人格まで継承されるなら自己犠牲と矛盾するので、知識や記憶のみを継承させるのではないかと予想します。大博士の言うことや、魔法使いを滅ぼせるという確信とも合致しますし・・・。

神邪「感謝ですか・・・。僕も、感謝は出来なくても、凶気で動くことに罪悪感が無くなったという事実は否定できないですね。」
佐久間「そう、事実を受け止めることは大事だ。他の人間が悪いことしてるから、自分も悪いことをしてもいいだろう・・・なんてレベルの話ではない。事実をあるがままに受け止めて、狂気に身を浸すことが幸福への道だ。」
山田「幸福とは思えないが・・・。」
佐久間「お前はそれでいい。だが、私や死根也、神邪にとっての幸福は、もはや通常の枠内には無いんだ。」
八武「許せるかどうかよりも、重要なのは山田くん、今が幸福かどうかなのだよ。許してしまうことで心が折れて不幸になるのでは駄目なのと同様に、許せないことで不幸になっては何なのかわからない。どちらを選択するにせよ、今の自分が幸福である方向を追求すべきなんだ。被害者は加害者を、許しても許さなくてもいい。自分が幸せであればな!」
2015年04月21日 12:54
コング「魔法使いを恨んでいない?」
賢吾「赦しているどころか感謝か」
ゴリーレッド「自分を強くするのは味方よりも強敵だ」
賢吾「なるほど、感謝とはそういう意味かもしれんな」
コング「ジェゼナ・グルードとクライ・クライン」
ゴリーレッド「あるいはこの二つが、魔法使いなど目じゃないほどの凶悪な兵器だとすると」
賢吾「罪悪感との葛藤で魔法使いにありがとうと」
コング「腐海」
賢吾「深いや」
コング「腐海に手を出してはならん」
ゴリーレッド「ババ様がいたら止めていただろう」
賢吾「アウトマ博士の誕生か」
ゴリーレッド「でも結局機械が兵器を生み、魔法使いではなく自分たち人間まで破壊しかねないことになる」

2015年04月25日 21:35
>アッキーさん
自分に、そして自分達にされた忘れ難い深い傷の数々。それを行った憎み殺しても飽き足らない相手を赦す境地。思考の果てに得たそれは悟りなのか、思考停止なのか。しかし、大博士の予言を考えると、復讐は果たされると確信している。つまり、ここで赦そうが赦すまいが魔法使いの終わりは確定していると大博士は考えていたと思われます。そうなれば、赦すことで心安らかに死ねるなら、それが幸せの一つの形なら、死ぬ間際の赦すという言葉も本心なのかもしれません。しかし、裏を返せば魔法使いの全滅が確定し、復讐は果たされようとしているのなら結局「許していない」も同然なのかもしれません。大博士が数十年かけて辿り着いた心の境地を正確に伝えるためには言葉と時間が足りなさ過ぎました。大博士がいなくなった今は、彼が本当に何を思っていたのかは不明です。ただ、それを想像することは出来る。大博士はどんな気持ちで感謝の言葉を述べたのか…。
幸せとは何か。結局は自分の心のあり方であり、幸せになるために赦したり赦さなかったり、感謝したり恨んだり、罪を感じたり感じなかったりするのかもしれません。しかし、考えれば考えるほど深いテーマですね。
表裏皆無の能力は現在のところ不明です。もし、知識を継承させ続けることが出来れば更なる人類進化の可能性がありますね。侵食統一が外的な部分の発展を担うなら、表裏皆無は内面的な部分を発展させるのか。
2015年04月25日 21:35
>コングさん
衝撃の真実。魔法使いによって故郷を追われマチネに逃れてきた大博士は恨みもなく、赦し、更には感謝の言葉まで述べ始めた。強敵が自分をさらに鍛えるようにマチネは魔法使いという存在があったからこそ、ここまで発展したという見方も出来ます。大博士が言っていることの一端がそれなのです。長期的な見方をすれば、魔法使いはマチネがレベルアップするための糧だったと見ることが出来るかもしれません。その代償はあまりにも多くの人の命でしたが…。
その結果、マチネには魔法よりも恐ろしい機械が生まれた。その恐ろしさゆえに魔法使いに対して「申し訳ない」気持ちが湧いたのかもしれません。この二つの王道具の内、ジェゼナ・グルードは既に登場しているように、マチネの心臓です。今風に考えればそれ一つで国中の電力がまかなえる超巨大な火力発電所のようなもの。そして、もう一つのクライ・クラインについては一切が謎のままです。
結局、機械が兵器を生み、その兵器で魔法使いを打ち破ったと思ったら「魔物」が現れてマチネは崩壊の危機に。間接的に機械が人間を滅ぼしたという見方が出来るかもしれません…。

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