英雄再来 第二十二話 過去のツヲ2

少し、昔の話さ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

僕の記憶がはっきりしてくるのは生れ落ちてから数日が経ってからだった。人間からすれば驚異的だが半分精霊である僕は半分既にこの世界に生まれていたようなものだから、その日は僕が人間という形を得た日ということになるだろう。


はっきりしない部分、薄ぼんやりとした記憶の中で覚えているのは生れ落ちた僕を母さんが摘み上げてしげしげと眺めたこと。

「…ふうむ。おい、ミッド。」

「はっ!」

そして、母さんのそばには彼、ミッドがいた。白髪頭で皺ばかりの顔、しかし声と眼光には張りがある彼。彼は僕の父さん、らしい。らしい、というのは実感があまり伴わないからだ。世間的な父親像からすると、彼はそこから随分と離れていた。父親、というより従者というような立ち振る舞いをしていた。

「こいつの名前はツヲ。ワーテル・ツヲ・チュルーリにしよう。」

「はっ。良い名前だと思います。」

「それからこいつはお前が育てろ。私はオネの飼育に忙しいからな。」

「はっ。その使命、謹んで拝命いたします。」

こうして僕は彼に育てられることとなった。
彼はとても献身的だった。自分の持っている知識、経験、技術などを惜しげもなく僕に伝えた。僕はただ、それらを湯水を浴びるかのごとく受け取って急成長していった。一ヶ月ほど経つ頃には、僕はこの世界の言葉や常識、様々な思想、人間から見た魔法の体系、人間の体における体術や武器の扱い方などを身に付けていた。


しかし、僕の心の中に一つの渇きがあった。それが何なのかは当時は分からなかった。ただ、いつも何かが足りない、何かが足りないんだと考えていた。

「でしたら、まずは知ることから始めてはいかがでしょうか。」

渇きのことを彼に相談すると、そのような返答が返ってきた。

なるほど、と思った。今、僕は何かが足りないと考えている。しかし、その何かが何なのか分からない。分からないから余計に悩むし、分からないから先に進めない。まずは渇きの正体を突き止める必要がある。
その日から僕は彼が集めてきてくれた様々な書物を読み漁った。幸いなことに本を読むこと自体が僕に刹那の潤いを与えてくれた。が、根本的な渇きは止まらなかった。そして、彼が持ってきた書物を全て読み切ってしまった。どれだけ文字の海を泳いでも、僕の求めるものには出会えなかったのだ。一体、僕には何が足りないのだろうか。


「お前に足りないのは力だろうな。」

オ姉さんは僕の悩みを聞いたらそう即答した。

「ツヲ、力はいいぞ。力さえあれば何だって出来る。私はいずれ、あいつに勝つ。あいつに勝てるだけの力を身につけてやる。必ずだ…。次は絶対に勝ってやる…。勝って、私が世界で一番強いということを証明してやる…!」

オ姉さんはその当時から戦いのこととなると鬼気迫る雰囲気を醸し出していた。オ姉さんは毎日母さんと戦い、そしていつも負けていたが一度も「負けた顔」をしたことはなかった。しかし、負けることを死ぬほど悔しがってもいた。そして負けた後は必ず次は勝つという誓いを立てていた。心が強い、と表現するべきだろうか。あの母さん相手に一度も「勝てない」とか「もう無理だ」とか思ったことがないのだから。

「そうだ、試しに私と戦ってみるか?何かつかめるかもしれんぞ?かかかっ。」

僕は試しにオ姉さんと戦った。彼から得たもの、精霊として身についていたもの、全てを使って戦った。当時の全力だった。戦いは二日間続いた。大地は炎で焼かれ、水に浸かり、乾燥と水没を繰り返した。終わった時には地形が大分と変化していた。もちろん勝ったのはオ姉さんで、僕は負けた。そしてその後、オ姉さんは母さんに挑んでコテンパンにされた。


オ姉さんとの戦いで僕は実感した。オ姉さんには目標がある。世界で一番強くなるという目標が。


僕はオ姉さんに聞いた。どうして最強を目指すのか、と。オ姉さんは答えた。

「あいつをぶちのめしたい。心がそう叫んでいるんだ。」

とても単純明快な答えだった。オ姉さんの目標は母さんを超えたい。ただ、それだけだった。

「それに力さえあれば何だって出来る。何だってな…。」

オ姉さんはよく、この言葉を言っていた。しかし、今から思えば絶大な力を得ても、するべきことは母さんを超えることだけだったように思う。何だって出来るといいながら、おそらくやりたいことはたった一つだけだったのだろう。


知識を得ることは続けた。力を高めることも続けた。そして、何が足りないのかを探すことも続けた。


母さんにも相談した。僕には何かが足りない。それが何なのか知っていたら教えて欲しい、と。母さんは僕をまじまじと見ながら、答えた。

「ツヲ。目標とか、あるか?」

目標…?

「私の目標はハイジマバイカを超えること。ミッドの目標は死ぬまで私に仕えること。オネの目標は私を超えること。お前の目標は何だ?」

ない。僕には目標がなかった。その時、知った。僕はまだ自分の目標を持てていなかったのだと。母さんやオ姉さんのように誰かより絶対に強くなるという強烈な気持ちはない。彼のように誰かに仕え、自分の全てを他の誰かのために使い切るという気持ちもない。僕に足りなかったのは、自分がこの世界に生まれて何を成すべきなのか、ということだったのだ。


一つの疑問が晴れた。しかし、それは次の疑問の始まりだった。僕は何を成すべきなのか、僕はどんな目標を持つべきなのか。それには強烈な気持ちが伴わなければならないことを、僕は知っていた。掲げた目標は達成するべきもの。そして、「べき」とは自分自身に対する約束であること。誰かから強要されるものは目標ではない。自分の心がそれを叶えたいと願っていることが目標なのだ。僕はまだ目標を持てなかった。その目標を見つけるために、僕は今出来ること――知識と力の強化――を続けることにした。

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この記事へのコメント

2016年07月28日 19:53
水属性のツヲが、心が乾いているというのは、何だか示唆的ですね。
彼とは違うかもしれませんが、なまじ知識を多く得たばかりに、目標が定まらない私です。誰かに仕えることに限らず、自分の全てを1つのことに使い切りたくないのです。(様々なタイプの物語を読み、書くのも、それが理由ですね)

一方で、火属性のオネは、心が冷えてますね。
以前から感じていた違和感めいたものが、ようやく見えてきました。
ツヲは彼女を「心が強い」と評していますが、傍から見ると、負けを認めることから逃げているように感じます。そのあたりが、白龍さんも言ってましたが、オネがチュルーリを超えたか疑問な部分なんですよね。
もちろん、最初から“勝てっこない”とか“出来っこない”と不貞腐れる奴は弱いですが、きちんと負けを認める強さを、チュルーリは持っていて、オネは未だに持っていないようですね。

そのあたり、ツヲは謎ではあります。意外とデレが少ないと言われる彼ですが、よく喋る割に、のらりくらりと内心を隠してるんですよね。上手くかわしてるというか。
彼がオネの論に、納得こそすれ心惹かれないのは、オネのことを“強い”とは思っていても、それが“強さ”だとは思ってない証左ではないでしょうか?
私も持論を語ることが多いですが、相手を納得させることは言えても、こちらへ引き込むだけの魅力は持っていませんでした。オネの姿は、かつての私と重なる部分が少なからずあります。
そしてツヲが異なる方向性を獲得していったことは、必然であり喜ばしいことであります。
やるべきことが見つからないならステータスを伸ばしとけという考え方も好感が持てますね。
2016年07月28日 21:07
>アッキーさん
今でこそ丸いツヲさんですが、生まれた当時は精霊としての側面が強く、人間的な感情や感覚は現在よりも乏しいです。かといって、全くないという訳では全然なくて、時間と共に自分の中で成長する人間的な感覚や、この世界に生まれた理由を知りたいなどの欲求に気が付き、それの正体を探ろうと思考を巡らせ始めます。

一方で、当時のオネは圧倒的な力を持っていましたが、チュルーリには敵わず、毎日コテンパンにされていました。おそらく、生まれたばかりのチュルーリと拝島梅花さんも似たような関係だったかもしれません。自分が何者で、何が成せるのか。それを考える前に立ちはだかった巨大な壁、チュルーリママ。オネはこの壁の向こうにある山の頂上に登らないと次に進めない、進みたくないと感じ必死に挑むのですが、ことごとく弾き返されます。この時期はずっと意固地になっちゃってますね。結局のところオネはチュルーリを超える機会を得ることなく彼女と永遠の別れをしてしまうのですがそれはまた別のお話。

そして、ツヲさんは実は隠し事があったりする?まるで水のようにつかみどころのない部分があるツヲさんですが、今現在の性格になった理由はやはり過去にあるかと思われます。
当時のツヲさんは自分の中にある渇きの正体を探るため、周りの人に意見を求めました。実はミッドとチュルーリは「これが答え」というのを提示していません。あくまでツヲさん自身に探させようとしています。一方で、オネは「答え」を提示しています。でも、それはオネの中にある渇きに対しての答えであって、ツヲさんの渇きの答えではないのです。なので、ツヲさんが心惹かれなかったのです。別の言い方をすれば、ピンと来なかった。自分の解答ではないから。
渇きの正体を探るツヲさんの旅は続く。

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