『暴食』

『暴食』は罪である。
ただの罪ではない。
大きな罪、大罪だ。
どうしてだろう?

それでは語ろう、ある世界のお話を。





その世界は人間達の住む地上、神や天使達の住む天国、悪魔や堕天使達が住む魔界の三つに分かれていた。悪魔達はいつも人間を騙そうとしたり食べようしたりするが、天使達がそれを阻む。悪魔達が人間の世界に攻め込もうとすると天使達が駆け付ける。
一方で、死んだ人間は魂となり、善人は天国に行き、悪人は魔界に行く。天国の神は悪人までは救わない。魔界の神は天国までは攻め込まない。そんな絶妙なバランスで、この世界は成り立っていた。

ある日のことだ。魔界に生きた人間がやって来た。
魔界に来るのは死んだ悪人と決まっている。しかし、その人間はどう見ても生きていて、悪人という雰囲気はなかった。
それでも悪魔達は、魔界に来た人間は食べても良いというルールに従って襲い掛かった。
しかし、悪魔の誰もがその人間を食べることが出来なかった。皆、適当にあしらわれてしまい、ついには悪魔達が逃げたしたのだ。

その人間は白く長い髪を持つ少女だった。少女は殺し合いが嫌いだった。悪魔が人間を襲い、そこに天使が来て殺し合いになる。そして多くの人間が死ぬ。少女は、そんな争いの歴史に終止符を打ちたかった。

少女がずうっと魔界を歩いていると、大きな神殿を見つけた。そこは蝿の王ベルゼブブの住処だった。
少女は門を叩いた。


コンコン。こんにちは。


すると門がひとりでに開いた。中からはたくさんの悪魔と蝿が飛び出して少女に襲い掛かった。しかし、少女は悪魔や蝿を適当にあしらって、誰も傷付けることなく進んでいった。


その先には行かせるな。
我らの王の部屋なるぞ。


悪魔達は必死になって少女を止めた。しかし、少女にあしらわれて跳ね除けられる。ついに少女はベルゼブブのいる部屋の前まで辿り着いた。少女は扉を叩いた。


コンコン。こんにちは。


すると扉はひとりでに開いた。中には大きな蝿の化け物が、悪魔達に食べ物を運ばせていた。悪魔達がどんなにたくさんの食べ物を持ってきても大きな蝿の化け物は一口で全て食べてしまう。


俺は腹が減っている。もっと食べる物を持って来い。


大きな蝿の化け物は悪魔達をこき使っていた。そして、運ばれる食べ物が少しでも遅れると食器だろうが壁の岩だろうが果ては悪魔だろうが食べてしまう。そんな場所に少女が一人やって来たのだ。


初めまして、ベルゼブブさん。


ベルゼブブに食事を運ぶのに必死だった悪魔達は、少女の言葉に戦慄した。


我らが王の名を軽々しく口にするとは、けしからん。
我らが王に『様』を付けぬとは、けしからん。
我らが王の御前にこのような無礼者を通すとは、門番達もけしからん。


悪魔達はたちまち少女と門番をしていた下級悪魔達を捕まえようとした。その時、少女が大きな声を張り上げた。


お話がありますので少し待ってください。


悪魔達は思わず立ち止まった。少女は立ち止まった並み居る悪魔達の前を横切ってベルゼブブの目の前まで来た。ベルゼブブは本当に大きな蝿だった。その大きな体は山よりも大きく、指の爪の先ですら少女より大きかった。


お前は人間だな?


ベルゼブブは大きな目を凝らして、小さな少女を見つめた。


はい、そうです。


少女は可愛らしい声で答えた。


しかも生きている。悪人の顔ではない。何をしにここに来たのだ?

悪魔と人間の殺し合い、天使と悪魔の殺し合いを止めるために来ました。


それを聞いてベルゼブブは大笑い。周りの悪魔達も大笑い。


わははははは。わははははは。


ベルゼブブは少女を指差して言った。


お前達人間は牛や豚を食べるだろう。悪魔が人間を食べるのはそれと同じよ。だから争いが起こる。それをどうやって止めるというのだ?我ら悪魔を全て殺すか?


ベルゼブブはそんなこと出来ないと大笑い。周りの悪魔達も大笑い。


わははははは。わははははは。


しかし、少女はハッキリと言った。


私は悪魔を殺しません。悪魔が人間を殺すのが嫌なのと同じで、私が悪魔を殺すのも嫌なんです。


それを聞いてベルゼブブはまた笑った。


それではどうする?どうやって悪魔と人間の争いを止める?


すると少女はこう答えた。


まずはベルゼブブさんとお友達になろうと思います。そのためにお食事会のお誘いに来ました。


その言葉を聞いて周りにいた悪魔達は大激怒。


我らが王と友達になりたいとは何たる傲慢。
人間ごときが我らが王と友達になるなどありえない。
我らが王と食事をしたければ、まずは相応の貢物を持って来い。


ところがベルゼブブはその提案に興味津々。


俺と食事会だと?俺が誰だか知っているのか?俺は蝿の王。『暴食』のベルゼブブだぞ?その俺を食事会に誘うということは俺をちゃんと満足させられるんだろうな?

もちろんです。私とベルゼブブさんで計画から準備、開催、後片付けまで一緒にやりますから。


少女は満面の笑みで答えた。それを聞いて周りの悪魔達はまたまた大激怒。


我らが王にも準備させるとは無礼にも程があるぞ。
我らが王と対等に口を聞くなど最早我慢出来ん。
お前は人間なのだから人間が準備すればいいだろう。


すると少女はベルゼブブに問いかけた。


私はベルゼブブさんと対等でいたいと思っています。友達は対等な関係ですから。ベルゼブブさんはどうですか?


そう言った後、少女は周りの悪魔達に向かって言った。


皆さんは上とか下とかにこだわってますけれど、まるで天国の方のような考え方ですね。


それを聞いて、周りの悪魔達はもう怒り心頭。


無礼な。我々と天国の連中を同じとは。
我々は奴らとは違うに決まっているではないか。
無礼な人間め。だからお前達は下なのだ。


しかし、悪魔達の中に気が付いた者がいた。


待て、それではあの人間の思う壺だぞ。

どういうことだ。どういうことだ。


悪魔達が騒ぎ出す。


今、あの人間を我らの下、我らの上と決め付けてしまえば我らは天国と同じとなってしまう。しかし、我らは天国の連中と同じなど死んでも御免こうむる。つまり我らはあの人間を下扱い出来ないのだ。


それを聞いてベルゼブブは笑い出す。


その通りだ。頭の良い人間だ。よかろう、この食事会は俺とお前の二人で計画し、準備し、開催するぞ。


それを聞いて少女は満面の笑みを浮かべた。それを見てベルゼブブは邪悪な笑みを浮かべた。


それではまず食事会の時間だが、この砂時計が落ちるまでだ。


そう言ってベルゼブブは地上のサハラ砂漠など砂粒に等しい魔界の広大な砂漠から大きな砂時計を引っ張り出した。悪魔達は度肝を抜かれた。


流石は我らが王だ。
素晴らしい怪力だ。
あの砂時計も一級品だ。


しかし、少女だけは涼しい顔をしていた。


お食事会は長い方が楽しいですからね。


次にベルゼブブは少女にこう言った。


この食事会は俺とお前、二人の協力が必要だ。俺がこの城を食事会の場所として提供する。お前は食事の方を頼むぞ。


この時、周りの悪魔達はベルゼブブの狙いに気が付いた。


ただし、食事会中に俺が食べ終わっているのに食事がテーブルの上にないならば、お前を食事の代わりに食ってやるぞ。


周りの悪魔達はニヤニヤと笑った。


我らが王は大喰らいだ。人間ごときが用意出来る食事の量では一口でペロリだ。
食事会は砂時計が落ちるまで続く。どうやっても足りないぞ。
今更嫌だとか無理だとか言わせないぞ。そんなことを言ったら今すぐに腸を引きずり出して食ってやる。


ところが少女はにっこり笑って言った。


任せてください。腕によりをかけて作ります。


少女は自分の腕をポンポンと叩いた。


それと、食事会には他の悪魔達も呼ぼうじゃないか。

はい、たくさんで食事をした方が楽しいですから。


こうして話はとんとん拍子に決まった。ベルゼブブはすぐに配下の悪魔達に手紙を持たせて魔界の方々に居る大悪魔達に食事会の招待状を配った。





招待状には少女の名前も書かれており、他の大悪魔達は面白がって駆け付けた。


ベルゼブブと連名のこの人間は一体誰だ。
どんな度胸を持った人間がやって来たのだ。
ベルゼブブはどんな遊びを始めたのだ。


それは豪華な食事会だった。名だたる悪魔達がベルゼブブの城に押し寄せ、城内は騒然としていた。右を見ればアスタロトにアザゼル、左を見ればバエルにアガレス。そして、前を見ればメフィストフェレスに魔界の神ルシュファーまで。その名を聞くだけで魔界の大抵の者は震え上がってしまうほどの悪魔達が一同に会しているのだ。

用意されたテーブルの大きさたるや、地上で最も大きな大木が爪楊枝ほどに感じられるほど。それでも大悪魔達が本当の姿を現せばたちまち満員になってしまう。たくさんの食事が並べられたテーブルに大悪魔達が揃ったところでベルゼブブは現れた。


諸君ら。日々戦争に忙しい中、俺達の食事会に来てくれてありがとう。最初に断っておくが、この食事会は無礼講である。また、食事を食べ始める前には『いただきます』、食べ終わった時には『ごちそうさまでした』と言わなければならない。『ごちそうさまでした』と言ったものから退出は出来るが再度の入出は出来ない。食事会はこの砂時計の砂が全て落ちた時、終了する。何か質問は?


すると大悪魔の一体が声を上げた。


この食事会の案内状は連名で届いたが、もう一人の人間はどこにいるのだ?


するとベルゼブブは笑った。


どこにも何も、ここにいるではないか。

ここに?

ここです。


どこからともなく少女の声がした。大悪魔達が目を凝らすと、ベルゼブブの隣の空席のすぐ前のテーブルに人間の少女が座っていたのだ。


椅子が大き過ぎるのでテーブルに座って食事をします。普通なら無礼に当たりますが、この食事会は無礼講なので。


大悪魔達は目をパチクリさせた。これだけの悪魔が揃っている中、しかも隣にはベルゼブブまでいるというのにこの少女は一切の怯えもなく、平然とそこにいたのだ。


さあさあ皆さん、『いただきます』を言いましょう。そして心行くまで、お食事会を楽しんでください。それでは『いただきます』。


大悪魔達は一斉に『いただきます』と言った。大悪魔達が声を合わせた、それだけで城内には魔力が吹き荒れ、弱い悪魔達は失神してしまった。そんな中で少女は平然と食事を始めた。

用意された地平を埋め尽くす程の食事も大悪魔達に掛かればものの数秒で腹の中。たちまちテーブルの上の食事はなくなってしまった。ところがベルゼブブが不満の声を上げるよりも早く、テーブルの上には食事が並んでいたのだ。


おお、これはこれは。
見事な魔術だ。
流石はベルゼブブだ。


ベルゼブブも他の大悪魔達もいつ食事が運ばれてきたか気が付かなかった。なので、大悪魔達は称賛の声を上げた。


いやいや、食事は全てこいつに任せてある。褒めるならこいつを褒めてくれ。


ベルゼブブはそう言いながら上機嫌で目の前の料理を皿ごと掴んで口の中に放り込んだ。


美味い美味い。こんなにたくさんの料理を持ってこれるとは。お前に任せて正解だったぞ。


ベルゼブブは少女を褒めた。



さらさらと砂が落ちる音がする。喋りながら始まった食事会もいつしか無言になっていた。名だたる悪魔達が食事に夢中になっているのだ。食事を噛む音、飲む音、皿を掴む音と置く音、椅子を少し引く音やフォークとスプーンを掴む音、食事に関する音しか聞こえない。だが、その静寂も永遠ではない。


ふう、大体堪能したな。流石はベルゼブブの食事会だ。いいものを食べさせてもらった。


食事会が始まって数時間、一体の大悪魔が満腹になった。


ベルゼブブよ。そろそろデザートが欲しいのだが、そこの美味そうな人間を頂けないだろうか。


すると少女は笑顔で言った。


あなたが私に食べられるというのならば構いませんよ。


その大悪魔は言葉に詰まった。他の大悪魔達からは笑い声が聞こえる。


これは一本取られたな。
無礼講では仕方があるまい。
ベルゼブブのところに来るだけあって、大した人間だ。


これには大悪魔も引き下がるしかなかった。


残念だか、次の食事会までのお楽しみにさせてもらおう。『ごちそうさまでした』。


そう言ってその大悪魔は退出した。


あらあら、デザートはアイスクリームだったんですけどね。


少女がそう言うのを聞いて他の大悪魔達はまた笑った。



しばらくして大悪魔達は食事をしながら少女に話し掛けて来た。


人間よ。お前が住んでいた地上には大きい生き物はいたか?

象やキリンなどは私よりも何倍も大きいです。でも海に住んでいる鯨はそのまた何倍も大きいんです。

なるほど、鯨か。だが魔界にはその鯨をひと飲みに出来るぐらい大きなノミがいるのだ。

じゃあ、そのノミを片手で運べるぐらい大きな鼠もいるんでしょうね。

その鼠を咥えて運べるほど大きな猫もいるぞ。

その猫四匹分の大きさの犬はいますか?

いるとも。その犬を十匹乗せても平気な亀もいるぐらいだ。

じゃあその亀の大きさが顔ぐらいの巨人さんもいますかね。

その巨人をひと飲みに出来るのがオレだ。

じゃあきっとあなたをひと飲みに出来るペリカンさんがいることでしょう。


その大悪魔は大爆笑。


本当にお前は面白い人間だ。ベルゼブブのところじゃなくてオレのところに来ないか?

あなたが私の膝掛けになってくれるのなら考えますよ。


その大悪魔はまたしても大爆笑。


本当に肝が据わっている。本当に大した人間だ。


そして大悪魔は『ごちそうさまでした』と言って帰っていった。



今度は別の大悪魔が少女に話しかけてきた。


お前さんは鶏を知っているかね?

はい、白い体に赤い鶏冠の鳥さんです。

そうだ。その鶏は小さい頃は雛で、その前は卵だというのも知っているね?

はい、知っています。

では、その卵を産んだのは鶏だ。その鶏の元々を辿ると卵になる。その卵を産んだ鶏を産んだ鶏の前を考えていくと、最初は鶏だったのか卵だったのかどっちかね?

それは卵です。

何故?その卵を産んだのは鶏だろう?

いいえ、その卵は鶏でも親が鶏とは限りません。例えば、あなたにはお子さんはいらっしゃいますか?

いるとも。あちらこちらに何万と。

でも、あなたとお子さんは別の生き物ですよね。

そうだね。別の生き物だ。

つまり鶏の卵を産んだのは鶏じゃないこともありますよね。


その大悪魔も大笑い。


口の達者な人間だ。次はどんな手で言葉を詰まらせてやろうか楽しみだ。


そうしてその大悪魔も『ごちそうさまでした』と言って帰っていった。



食事会は何日も何日も続いた。砂時計はさらさらと音を立てて砂を落とすが、上の方にある砂が一向に減る気配がない。しかし、食事会に参加した大悪魔達の数はどんどん減っていった。ベルゼブブだけは最初と変わらないペースで食べ続けているが、他は流石にもう満腹だという表情だ。次から次へと退出していった。招待客の中で最後まで残っていたルシュファーもついには『暴食』の食欲には及ばず『ごちそうさまでした』と言った。そして、良い食事会だったと言い残して退席した。後に残ったのはベルゼブブと少女だけだった。

ベルゼブブと少女だけになったが食事会は続いた。ベルゼブブの食欲は衰えることなく料理を片っ端から食べ尽くした。一方、少女がどこからともなく食事を出すのでテーブルの上に料理が途絶えることはなかった。

季節が過ぎる。季節が変わる。季節が巡る。ベルゼブブと少女の食事会がまだ続いていることは悪魔達の耳に届いていた。しかし、誰もその様子を見に行くことは出来なかった。何故なら招待状がないと食事会には参加出来ない。食事会に呼ばれた者は全て退席してしまった。この食事会が終わるまでは例え魔界の神であって入れないのだ。

さらさら、さらさらと砂が落ちる。ベルゼブブがケーキやらアイスクリームを食べている間に、ついに砂が落ち切った。ベルゼブブの目の前には温かいお茶漬けが出されていた。

ベルゼブブの手が止まった。


どうしたんですか?


少女は聞いた。食事会が始まってから一度も手が止まらず、料理を食べ続けていたベルゼブブの手が止まったのだから。


どこか具合が悪いんですか?


少女は心配そうにベルゼブブの顔を覗き込んだ。するとベルゼブブは呟くように言った。


これを食べたら食事会は終わりか。

はい。もう砂時計も落ち切りましたから。

もうお前の料理は食べられないのか。

いいえ。私とベルゼブブさんはお友達ですから、また遊びに来た時には作って差し上げますよ。

いつ来るのだ?いつ遊びに来るのだ?

それは分かりません。

人間よ、俺は食事をしながら考えていたことがある。お前を俺の料理人にしたい、と。だが、それは対等ではない。最初の約束を破ることになる。だから俺の妻になって、ずっと食事を作ってくれ。

あら。それは愛の告白ですか?

俺は蝿の王だ。人間の愛し方は分からん。だが、お前が望むのならばこの世界の全ての金銀財宝をお前の前に持ってこよう。お前が望むのならば地平線の果てまで血で染め上げよう。お前が望むのならば何でも叶えよう。だから、俺のためにずっと食事を作ってくれ。

私は金銀財宝には興味ありません。殺し合いも嫌いです。私はワガママですよ。色々注文を付けてあなたを困らせるかもしれませんよ。

構わない。

あなた以外の人に料理を振舞うこともありますよ。

俺も食えるなら構わない。

私は悪魔と人間の殺し合いが嫌でここに来ました。私がベルゼブブさんの妻になったら悪魔は人間を襲いませんか。

襲わないし襲わせない。人間を襲った悪魔は俺が食う。

じゃあ、人間を食べられない代わりにその悪魔さん達にも私がご飯を作りますね。

俺が食えるなら構わない。

じゃあ、最後に一つ、私が死ぬまでずっと私の傍にいてくれますか。

お安い御用だ。

じゃあ、結婚します。私はあなたの妻になって食事を作ります。


その少女の返事を聞いて、ベルゼブブは歓喜の声を上げた。それは魔界中に響くほどの大きな大きな声だった。こうして少女はベルゼブブの妻となった。





少女を妻にしてベルゼブブは自分の兵団に通達をした。妻が生きている間に人間を殺した者は生きたまま俺が食う、と。そして少女からは人間よりも美味しい料理を振舞うので城に来て欲しい、とのことだった。

ベルゼブブ夫婦の通達により魔界の兵団の多くは地上に攻め込まなくなった。また、ベルゼブブの妻の料理はベルゼブブの兵団以外の者にも振舞われ、それらの者達も天使と争う危険を冒すよりもベルゼブブの城で食べ物をもらう方がよいと考えて地上に攻め込まなくなった。有史以来の悪魔と人間との争いに終止符が打たれようとしていた。

ベルゼブブが妻を娶ってからは平穏な日々が続いた。ただし、トラブルがなかった訳ではない。いつだったかベルゼブブが小さすぎる妻を誤って料理と一緒に食べてしまった時など、妻はベルゼブブの腹を突っついて脱出し、丸一日間お説教をしたという。おかげでベルゼブブは丸一日絶食させられる羽目になった。だが、そんなことは平穏な日常の一部に過ぎなかった。幸せな日々というものは永遠に続かないのが世の常だ。永遠に変わらないものなどあるはずがないのだ。

ある日のこと、大悪魔のメフィストフェレスがベルゼブブの元を訪れた。用件は魔界の神ルシュファーが会いたいので城に来て欲しいとのことだった。何かあるとベルゼブブは思ったが、直接話を聞くためにベルゼブブは妻を頭に乗せて共にルシュファーの城へと向かった。そこでルシュファーが死にかけていることを知った。
聞けば、昔の天国の神との戦いの古傷でジワジワと体力が落ちていたそうだ。そんな状態であっても魔界最強でかつ、魔界全土に結界を張り巡らせて天国からの攻撃を防ぎ続けていたのだから流石としか言いようがない。しかし、このまま体力が落ちればいずれは死に、魔界の結界が切れて全ての悪魔が外の世界に出ることが出来るようになるが天国からの攻撃も許すことになる。

そこでメフィストフェレスは方々を駆け回ってルシュファーを治す方法を探し求めた。そして、神から受けた傷を癒す唯一つの方法を発見した。それはベルゼブブの妻となっている人間を生贄としてルシュファーに吸収させることだった。

ベルゼブブは激怒した。


俺の妻は俺のものだ。
俺の妻は誰にも渡さん。
俺の妻を奪うなら誰であろうと食い殺す。


それをベルゼブブの妻がたしなめた。激昂するベルゼブブの頭を叩いてベルゼブブの妻はこう言った。


ここであなたとルシュファーさん達が戦うことになれば、あなたは死んでしまうでしょう。それにたくさんの悪魔も死ぬでしょう。あなたに従う兵団の悪魔とルシュファーさんに従う兵団の悪魔同士も殺し合い、もっとたくさんの悪魔が死ぬでしょう。私は殺し合いが嫌いです。悪魔であっても死んで欲しくありません。

お前は最初に我が城に来た時から言うことが変わらないな。だが、ワガママを言わないでくれ。お前が死んだら俺は悲しい。お前が死んだら俺は困る。俺を困らさないでくれ。

ごめんなさい、あなた。でも私はワガママだし、あなたを困らすかもしれないけれど、あなたは構わないといってくれたわ。

じゃあ食事の約束はどうなる。ずっと食事を作ってくれる約束だったじゃないか。

私が生贄に捧げられる前に、私の右腕をあなたにあげます。ひと舐めするだけで千年分の食事になるでしょう。これを約束の代わりにさせてください。

そう言ってベルゼブブの妻は自分の右腕を切り落としてベルゼブブに差し出した。

さあ、メフィストフェレスさん。私を生贄に捧げなさい。夫のために命を使えるのなら本望だわ。あなた、私が死ぬまでずっと傍にいてくれてありがとう。愛しているわ。


少女はベルゼブブが止めるよりも早く魔法陣の中に飛び込んだ。そして、ルシュファー回復の生贄となった。

妻の右腕を持ってルシュファーの城を出たベルゼブブは魔界全土に響くような大きな狼の声で泣き喚き、そこらかしこに地獄の炎を吐き散らしながら自分の城へと帰っていった。そして、自分の城に帰ってから妻の右手をひと飲みにした。その味は大層美味しく、そのことがベルゼブブを更に悲しくさせた。もう妻がいないことが、とてもハッキリ分かったから。



しばらくして回復したルシュファーがベルゼブブの元を訪れた。そこには痩せこけたベルゼブブの姿があった。ルシュファーは大変狼狽し、自分がベルゼブブから奪ったものの大きさを改めて思い知った。ルシュファーはベルゼブブに言った。


この度は大変申し訳なかった。お前の妻を蘇らせるのは無理だが、それ以外でわたしに出来ることがあるなら何でも言って欲しい。


するとベルゼブブはこう言った。


俺が食べたいと言ったものを何でも食べさせて欲しい。


そしてベルゼブブは古今東西あらゆる食べ物を欲しがった。ルシュファーはその全てを用意し、ベルゼブブに食べさせた。しかし、ベルゼブブは満足しなかった。食べても食べても満足出来なかった。むしろ食べれば食べるほど満たされなかった。その時、部下の悪魔の一体がやって来た。


我が王よ。部下達が腹を空かせています。人間を狩ることをお許しください。そもそも人間を食ってはいけない期間は我が王の妻が生きている間だけ。人間を食うことをお許しください。


それを聞いてベルゼブブは地上を指差して言った。


ルシュファー。俺は地上が食いたい。妻が生まれた大地、妻と同じ種族のいるあの大地を丸ごと食いたい。


ルシュファーは黙って魔界の結界を解いた。





ベルゼブブは飛び出した。自分の兵団を引き連れて地上へ向かって飛び出した。

パクン。

地上は悪魔によって食い尽くされた。





それを見て天国の神は大激怒。たくさんの天使達と共にベルゼブブの討伐に乗り出した。それに対してルシュファー率いる総軍勢も魔界を飛び出した。
戦いは熾烈を極めた。その中でベルゼブブは天使を捕まえては食い、捕まえては食ってグングン上へと昇っていった。そしてついに天国の神に噛り付いた。齧られた天国の神は大激怒。ベルゼブブを引き剥がしてこう言った。


ベルゼブブよ。お前の『暴食』は大罪に値する。


そして神の力の前にベルゼブブは撃墜されて魔界へ真っ逆さま。
どこまでも落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて。
雲の上から落ちて雲の中を突っ切って。
それでも、なおも落ち続け。
ついに魔界まで落ちた。
そして止まった。
魔界の森に。
そして。
死。




天使と悪魔の戦いは熾烈を極めた。ベルゼブブに齧られた神は魔界の神に討たれ、力を使い果たした魔界の神は大天使に討たれ、傷付いた大天使は大悪魔に討たれた。そして、殺し合って殺し合って食事会よりも長い年月殺し合って誰もいなくなった。誰も生き残りはしなかった。この世界は死んだのだ。



これで分かっただろう?
どうして『暴食』が大罪と呼ばれているのかが。



『暴食』 終わり

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