英雄再来 第二十四話 ツヲ放浪記10

このまま渇いてしまおう。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

水精霊(アクアリウス)達を吹き飛ばした後、オ姉さんは大きく息を吐いた。

「…何があったのか詳しくは分からんが状況だけ見れば大体の察しは付く…。守れなかったんだな?」

オ姉さんの言葉に対し、僕は静かに頷いた。

「…。…帰るぞ愚弟。話は道中で聞いてやる。お前が喋りたければの話だがな。」

きっとオ姉さんは僕に向かって手を差し伸べてくれているのだろう。でも、僕にはその手を取るだけの気力もなかった。

「…オ姉さん。僕を置いていって欲しい。」

「あん?」

「力が湧いてこないんだ…。どれだけ時間が経っても気持ちが前を向かない…。それどころかどんどん枯れていく…。多分、僕は疲れてしまったんだ…。」

数秒ほどの沈黙の後、オ姉さんの拳が僕を殴り飛ばした。

「…は?今、なんつった?」

綺麗に入った拳の攻撃で僕が地面に倒れる中、オ姉さんが叫んだ。

「おい愚弟!今、何と言ったんだ!ああ!?まさかお前、ここで死ぬ気じゃないだろうなあ!?」

起き上がることも億劫に感じた僕は倒れたまま答える。

「…変なんだ、僕…。全然、生きようって気持ちが湧いてこない…。多分、ルアルが死んだ時、僕はどこかが壊れてしまったんだ。僕は、僕がこんなにも弱く脆いって初めて知ったよ…。」

倒れている僕にオ姉さんが飛び掛かる。ズシリとオ姉さんの体重を感じた。僕に馬乗りになったオ姉さんが叫ぶ。

「ふざけるな…。ふざけるなよ!!」

オ姉さんの大声が空っぽの僕の体の中に響き渡る。

「愚弟!お前っ!お前は私の弟だぞ!ハイジマバイカが死んで!チュルーリが眠りに就いて!弟妹達の中でお前だけが唯一私とまともに戦えるんだぞ!お前はそれほどまでに強いんだぞ!」

オ姉さんが僕の首を掴んでひっぱり上げた。

「そのお前が!?置いてけ!?疲れた!?弱く脆い!?ふざけるなあ!!」

オ姉さんの荒い息使いが聞こえる。

「戦え愚弟!お前は強い!今まであらゆるものに勝ってきたからこそ今、生きているのだろう!守れなかったというのなら、守れなかった事実そのものと戦え!真実から目を逸らすな!」

「…オ姉さん。僕はオ姉さんが思っているほど強くない…。僕はもう戦えないんだ…。」

ルアルと出会う前だったら、こんなにも傷付きはしなかっただろう。ルアルの死体だけが最初に道端に転がっていたら、哀れに思って埋葬ぐらいはしたかもしれないが深く傷付くことはなかっただろう。ああ、こんなことをする輩がこの世界には蠢いている、「人間」はもういないのかもしれない、なんて考えたんだろう。

でも、僕はルアルと出会い、ルアルのことを深く知った。ルアルは僕の渇きを止めてくれた。そのルアルが、死んだ。それだけで僕はもう進めなくなった。今まで傷付かなかったのは強かったからじゃない。深く関わろうとしなかっただけだ。

思えば父さんとは穏やかに別れることが出来た。その死が悲しくなかった訳じゃないけれど、理不尽に別れた訳じゃない。最後の言葉を交わして、心穏やかに見送れた。

でも、ルアルとの別れは突然過ぎて、理不尽過ぎた。



「ああ分かった!分かったとも!この愚弟があ!」

周囲の温度が急激に上昇している。オ姉さんが精霊としての姿を解放したんだろう。

『生きることとは即ち戦うことに他ならない!お前が戦えないと言うのなら、私が戦い方を思い出させてやるわあ!』

周囲が炎に包まれる。その熱がよく伝わってくる。そして、オ姉さんの燃え盛る拳が僕を殴り付けた。オ姉さんは僕の上に馬乗りになって何度も何度も僕を殴る。その度に地面が揺れ、ヒビが入り、そしてオ姉さんの熱で僕の体が溶け出す。僕は何の抵抗もしなかった。

『愚弟!反撃しろ!力を解放しろ!相手が懐に飛び込んできているんだ!ここで反撃せずにいつ反撃するのだ!?戦え!攻撃だ!呪文を唱えろ!魔法を使え!』

それでも僕は何もしなかった。もう全てがどうでもよかった。

『この…!』

オ姉さんが僕の首に手をかけた。

『愚弟!ここで私が全力で攻撃すればお前の首は千切れ飛ぶ!半分は人間のお前だ!この攻撃が通れば少なくとも人間の姿を維持するのは不可能になるだろう!分かっているだろうな!精霊の姿のままでは長期に渡ってこの世界に留まることが難しくなる!自分の意思による帰還と違い、強制的に精霊界に戻ることになればお前の意識は魔力の渦の中で溶けて消えてしまうだろう!精霊たる存在は不滅だがお前という個、即ち人間部分は消えてしまうだろう!それは人間でいうところの死だ!絶体絶命だぞ!これが最後の機会だ!機を逃すな!反撃しろ!』

僕は反撃しなかった。ここでオ姉さんに殺されて精霊界に還ればこの意識も悩みも苦しみも虚無感も全てが無となる。それでいい気がした。

『ど、どうした…。何を、している…?』

オ姉さんの手が僕の首から離れた。

『何を腑抜けている?何故、反撃しない…!?』

カチカチと音がする。これはオ姉さんの歯軋りの音?

『お、お前は私の弟だぞ…?な、何を無様に寝そべっているのだ…。この世界で、ハイジマバイカは死んで、チュルーリは眠りに就いて、もうお前しか残っていないんだぞ…。私と!まともに戦えるのは!もうお前しか!いないんだぞ!』

再びオ姉さんの拳が僕の頬を殴り付けた。だが、それは酷く弱々しい攻撃だった。

『お前まで消えるのか…?お前まで私の前から消えるのか!?よせ…!止めろ…!私ともっと戦え!』

オ姉さんが僕の耳元で叫んだ。

『生きろ、ツヲぉおおお!!!』

それはオ姉さんの魂の叫びだった。でも、僕の心に炎は灯らなかった。灯るために燃えるものが何も残っていなかったから。

『…。愚弟…魔力がほぼ底を尽いているじゃないか…。まさか水精霊(アクアリウス)の維持のために一年以上も魔力を放出し続けていたのか…?』

「当たり…。その水精霊(アクアリウス)達はオ姉さんが吹き飛ばしちゃったけどね…。オ姉さん、もう僕のことは放っておいてよ…。」

魔力があれば精霊として不滅。しかし、その魔力を使い切ればどうなるか。それは精霊界への強制帰還となる。即ち、魔力の海に還るのだ。母さんから話は聞いているが、まだ還ったことのない精霊界へ。

『あれほどの膨大な魔力を…。そこまでして…。もういい!愚弟!そこで気の済むまで寝ていろ!』

ついにオ姉さんにも愛想を尽かされた。当然の結末だった…。



しばらくしてザアザアと雨が降り始めた。雨粒が周囲のものに当たって反射する。それだけに近くに何があるのか分かる。地面に落ちてある石の位置、少し遠くにある茂みや木々の葉っぱの位置。目は見えなくても水と音が周りの全てを教えてくれる。

ザアザアと音がする。雨粒が何かに当たって跳ね返る。何かに当たってそこを伝う。人の形をした何かがそこにいる。それは僕がよく知るオ姉さんの姿形だった。

「え?オ姉さん?そこにいるの?」

「何だ?愚弟。」

その不機嫌そうな声は紛れもなくオ姉さんだった。

「どうして…。」

「居ちゃ悪いか愚弟?私はお前に寝ていろと言った。だからお前が寝ている間、私がここにいてお前を守ってやる。お前は…弱いんだからな。」

「オ姉さん…。」

僕とオ姉さんはその場で何日も過ごした。そして雨は何日も降り続いた。

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この記事へのコメント

2017年09月25日 04:57
熱いぜオ姉さん・・・!
曳砂兄妹の掻き毟る冷血の絆と対照的な、殴りつける姉の懇願と罅割れた弟。
お願いだから死なないでと、こんなにも慟哭しているのに、ツヲには届かない。渇いた心に炎を注いでも、渇きが増すばかり。

思えばツヲさんって、オネに対して薄情なところがあるんですよね。妹萌えだから仕方ないのですが・・・。
ツヲにとってオネは、チュルーリと同じく尊敬と畏怖の対象であって、慈しむ対象ではない。そのことが時折オネに疎外感を覚えさせているような気がします。
だからこそオネは、ツヲとの関係性において、唯一自分が妹たちより勝っている“戦い”に拘るのですね・・・。妹たちではツヲと戦えない、戦えるのは自分だけだ。
そして妹たちでは自分の相手にならない。自分と戦えるのはツヲだけになってしまった。これは自分で言ってる通りですね。
正直とても萌えました、もとい燃えました。
2017年09月25日 04:57
こう、なんというか、佐久間さんと山田さんの関係とも重なる部分があるんですよ。
山田さんにとって、佐久間さんは今でも尊敬や畏怖の対象であって、庇護とか父性的な萌え心の対象たりえない。
佐久間さん的にも自分が引っ張っていくタイプなので、それで安定しているのですが、よりかかれない不安というか、常に自分の方を向いてないと不安なんですね。
別の方向を向いていると「こっち向いとけよ!」と暴力に訴えたがる。

オネとしては、長く付き合ってきた自分がいるのに、どうしてツヲはポッと出の小娘に、ここまで強い感情を向けているのかと思うと、悔しくて仕方ないんですよ。わかる、わかるぞ!
もちろんツヲさん(山田さん)が、オ姉さん(佐久間さん)のことを想ってないという意味ではなくて、むしろ存在するのが当たり前レベルの意識で想っているわけですが、それゆえに改まって劇的な何かをしようとも思わないという・・・。
ツヲ話なのに、何でオネ株が上がっているのかと思うと、あらためて存在感が凄い。
2017年09月26日 22:49
>アッキーさん
このオネさんの何をするにしても暴力的になってしまうのは破壊の炎の権化だから仕様なのかもしれません。そんな炎と相性の悪い水のツヲさん。今回のことでマジ相性悪いなあと思う次第です。本人達の意思とは無関係なところが余計に。

ツヲさんは、自分より強いオネさんに対して心配するとかお世話するとか全然しませんね。多分やったらオネさんが弱者扱いするなと怒り出すかもしれません(笑)
戦いに関して、オネさんはバーサーカーな戦闘狂で、戦いに飢え、勝ちにこだわり、おまけに精霊的な部分のために戦うことでしか自身が理解出来ないことも少なくありません。戦いはオネさんにとっては言語の一つに近いと思われます。ところが、強くなり過ぎたオネさんは戦った相手を殺してしまうか再起不能にしてしまうか、そうでなくても二度と戦いたくないと思わせてしまいます。しかし、ツヲさんはどれだけ本気を出しても死なない上に何度でも戦ってくれた。
ツヲさんもまた、力はいくらでも欲しいと考えていて、口には殆ど出しませんが強くありたいという部分においてはオネさんに近いものがあります。環境や年齢なども関係していますが、一番は信念。そのためにオネ&ツヲとそれ以外の妹達との間には大きな実力差が生まれています。
2017年09月26日 22:49
案外、佐久間さんと山田さんの関係と似ているかもしれませんね。自分とは違うけれども自分に似ている、シンパシーのようなものを感じているかもしれません。ツヲさんにとってオネさんは滅茶苦茶に強い自慢の姉。オネさんにとってツヲさんは唯一無二のライバルであり、最愛の弟。
実のところ、オネさんは口では家族の絆などを否定していますが弟妹達をかなり溺愛しています。半分精霊なので人間的な形では中々表現しませんが。

オネさんから見たら、ルアルとのことなんて浮気に等しいですよね。こりゃ嫉妬するわ~。そうなんです、昔から一緒だった二人だからこそ強い関係で結ばれている。それ故に、それ以上があまり起こらない。でも、きっとそれは絶対に離れることはないということの裏返しなのかもしれません。

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