姫と勇者と魔王と世界 ~神の領域~

「勇者!」

女の悲痛な叫び声が荒野に響いた。男は振り返らず、ただ右手に持つ聖剣を高く掲げる。
それは誓いの証。必ずやこの戦いに勝利して戻ってくるという約束の合図。

「いいのか?声を掛けてやらなくて。」

男の目の前には黒いマントに身を包む巨漢。巨漢は敵に塩を送るが如く、男と女の仲を心配して声を掛けた。
それは余裕なのか、油断なのかは神のみぞ知る。

「この戦いに勝って思いっ切り抱き締める。その方が姫も喜ぶ。」

男は真剣な表情で、微かに笑った。
それは覚悟が完了している証拠であった。

「野暮だったか。だが、生き残るのは我々だ。」

巨漢は紳士だった。敵であっても大切な者はいるということを理解し、最後の別れを惜しむ時間を与えようとしていたのだ。だが、それは負けた時のことを考えない戦士に対しては失礼な行為であった。二人が戦えば勝者は一人。それでも、戦士は自分が勝つことだけを信じる。己の勝利を信じぬ者に勝利の女神は微笑まない。

しかも、この一戦に世界の命運がかかっている。男が勝てば、何も変わらぬ明日がやって来る。巨漢が勝てば、新しい時代が始まる。勇者と魔王、勝った方が世界の頂点に立つのだ。

「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」

普段は人通りの少ない荒野だが、その世紀の一戦を一目見ようと多くの者達が集まっていた。

「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」

その観客の中に異世界からの来訪者まで紛れていると言えば、この戦いの偉大さが伝わるだろうか。

「では、始めようか。」

「いつでもいい。」

向き合う男と巨漢の差は子どもと大人。それでも、どちらが勝つかは分からない。体格の差など、歴戦の二人にとっては最早意味を成さないものとなっていた。

カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!

剣と盾が打ち合って、見事な音楽が響き合う。

カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!

剣闘ラップの始まりだった。


(省略:見事なラップが披露される。)


決着だった。魔王は倒れ込み、勇者が夕焼けの日を浴びる。剣闘ラップ界の王者、勇者の防衛が成功したのだ。それは勇者が伝説となった瞬間だった。
魔王は新しい時代を創ることは出来なかった。だが、明日も変わらぬ絶対王者と刃を交えられたことを心底誇りに思っていた。負けた、だが悔いはない。魔王の心は晴れ晴れとしていた。

観客達の興奮は止まらない。

「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」

二人の名前をありったけの声で叫ぶ。

「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」
「魔王!」「魔王!」「魔王!」「魔王!」

何故、叫んでいるのか。どうして叫んでいるのか。理由などない。心の底から湧き上がる感情がただ声となっているに過ぎない。それは感謝だ。ここまで戦い抜いた二人に対する祝福だ。そこに最早、敵も味方もなかった。

ふと気が付くと、姫が涙を流していた。歓声に遮られて声こそ誰の耳にも入らなかったが、姫は泣いていた。それに気が付いた近くの者は首を傾げた。何故、姫は泣いているのだろうか。だが、気が付けば周りの者の目から涙が出ていた。何故、自分達は泣いているのだろうか。理由などなかった。いつの間にか、誰もが涙を流していた。叫びながら、嗚咽交じりに。

姫は駆け出す。勇者の元へ。そして、その夕日を浴びた背中を抱き締めた。勇者が倒れたのは、その直後だった。

勇者は全ての力を戦いで使い果たしていたのだ。このままでは勇者が死ぬ。しかし、ここは荒野のど真ん中。近くには病院どころか休める場所すらない。誰も巻き込まないようにと選んだ場所がアダとなってしまった。観客達の心は一気に凍り付いた。こんな結末があっていいのか!

「誰か!お医者様はいらっしゃいませんか!」

姫は叫んだ。だが、観客達は悲しく首を横に振る。ここには剣闘ラップの熱狂的なファンは集まっていたが、今日の仕事を休んでまで来ているファンの医者はいなかった。こんな時に自分達の無力さを呪うしか出来ないのか、と観客達はうな垂れる。

「こんな結末は許さんぞ!」

そう叫んだのは魔王だった。敗者が生きて、勝者が死ぬなど間違っている。魔王は知恵を絞った。

「そうだ!髪の魔術があるではないか!」

魔王は姫の長く美しい髪を指差した。皆はハッとした。姫の髪を切り、生命魔術の触媒にすれば勇者を救うことが出来る。

「誰か!ハサミをお持ちの方はいらっしゃいませんか!?」

姫の言葉に皆が答えた。

「あるぞ!ここにあるぞ!」

ここは荒野。水や食料も当然必要だが、自分達の身を守るサバイバルナイフの類もまた必需品だ。当然、多くの者がハサミも持ってきていた。

生命魔術は時間との勝負。時間が惜しい。皆が姫の髪を切ろうと駆け付けた。これで勇者が助かる、と誰もが思った。だが、神とはなんと残酷な存在であろうか。

「き、切れない!?」

「ハサミが曲がったぞ!」

姫の髪に込められた魔力は強過ぎた。それを切って触媒にするためには、ハサミもまた特別な魔道具でなければならなかった。

勇者を救う手段がここにあるのに、届かない。
辺りはドンドン暗くなり、勇者の体温が急激に下がっていく。
姫の顔から血の気が引いていく。

「誰か!打開策をお持ちの方はいらっしゃいませんか!?」

姫の叫びが荒野に響く。
しかし、これ以上のアイデアは誰も持ち合わせておらず、誰もが沈黙していた。
たった一人を除いて。

「ある・・・。」

そう、小さく呟いたのは魔王だった。

「それはどんな方法なのでしょうか!?」

姫は希望で明るくなった顔を魔王に向けたが、一方の魔王の顔は酷く険しかった。

「あるにはあるが・・・。」

言い淀む魔王。何故だろうか。魔王とて勇者に助かって欲しいに違いない。先ほどの憤慨は真実の言葉であった。
しかし、言い淀んでいる理由を問い質す時間が惜しかった。

「お願いします!どんな方法でも構いません!勇者を救えるのなら!」

姫は魔王に迫った。魔王は渋々、口を開いた。

「髪を切り離すことが出来ないのなら、全てを触媒にするしかない・・・。」

それの意味するところは姫自身が触媒となること。姫の命を魔術に捧げ、その命と引き換えに勇者を助けることを意味した。

余りにも残酷な選択。勇者亡き世界で姫は泣いて一生を終えるだろう。しかし、姫亡き世界では勇者は生きる気力を失い屍のような一生を送るだろう。誰も救われない結末。こんな結末があっていいのか!

しかし、もう選択肢はない。ここは荒野。姫の髪以外に触媒になるほどのものはない。人生は選択の連続だ。
そして、それがどれほどの苦渋の決断であったとしても選ばなければならない。姫は決意を固めた。

「お願いします!誰か私を殺して勇者を救って下さい!」

それはあまりにも悲痛な叫び。それはあまりにも過酷な選択。
それでも、誰かが悪役を演じなければならない時がある。魔王は意を決して姫の髪に手を伸ばした。

その時だった。姫の髪が切れたのだ。長い髪がざっくりと切れて、姫はマッシュルームカットになった。

魔王は、一瞬は驚いたが心はもう決まっていた。切れた姫の髪を触媒に生命魔術を勇者に施した。何故、姫の髪がひとりでに切れたのかを考えるのは後にしよう。無論、驚愕するのはもっと後だ。今は時間が惜しい。勇者よ!さっさと目覚めよ!姫を待たせ過ぎだ!

トクン。

微かに鼓動が響いた。徐々に勇者の顔に血の気が戻ってきた。間一髪、間に合ったのだ!

まもなく勇者は目覚めるだろう。しかし、姫は長い髪を失い、以前と見た目や印象が大きく違っている。姫はかつて勇者が、自分の長い髪を褒めてくれたことを思い出していた。好きだと言ってくれたのを思い出していた。
今の自分を見て、勇者はもう一度好きだと言ってくれるだろうか。それ以前に自分だと気が付いてくれるだろうか。勇者のために自分の髪を犠牲にすることに躊躇も後悔もない。もし、そのことで勇者が自分を好きではなくなっても、後悔などしない。勇者の命が助かれば、それで満足だ。

「ん・・・。」

その時、勇者が目覚めた。

「勇者・・・。」

姫は安堵の声を漏らした。その瞬間だった。

「姫!」

勇者は思いっきり姫を抱き締めた。髪型など関係なかった!勇者は姫を間違えることなどなかったし、髪型が変わろうとも二人の愛は変わらなかったのだ!

「勇者!」

姫もまた勇者を強く抱き締め返す。そんな熱々の二人の一番近くにいた魔王はバツが悪そうに、だがどこか嬉しそうに笑った。

「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」
「勇者!」「勇者!」「勇者!」「勇者!」

こうして伝説は続いていく。

「姫!」「姫!」「姫!」「姫!」
「姫!」「姫!」「姫!」「姫!」
「姫!」「姫!」「姫!」「姫!」
「姫!」「姫!」「姫!」「姫!」

どうして姫の髪が急に切れたのかは分からない。どうしてマッシュルームカットになっていたのかも分からない。だが、人々は噂する。勇者と姫の愛が奇跡を呼んだのだと。

感動のあまりコールを繰り返す観客の中から一人のアフロ髪の男がこっそりと抜け出した。彼は旅人、通りすがりの旅人だ。彼に関しては多くを語れない。何故なら、彼は英雄になれたのにも関わらず、奇跡だけを残して静かに去ったのだから。

traveler須々木。髪型をマッシュルームカットに変える能力の持ち主であった。

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この記事へのコメント

アッキー
2019年11月10日 16:52
お前かああああああああああああああああ!!
なんという秀逸なオチ!

さらっと読み流していましたが、異世界からの来訪者が確かに紛れているんですよね・・・。
やられた!巧妙な叙述トリックだ!
最初からタミユク番外編として提示されたら警戒して読むところを、それを伏せることで警戒させないとは!

気付いたの、ほとんど最後でした(ぐぬぬ)
マッシュルームカットの時点で須々木を思い出して然るべきだったのですが、姫君なので絵的にボブカットゆえに、アフロ須々木と印象が繋がらなかったという。


番外編に載せたいところですが、ページから飛ぶと早々にオチがバレそうなので悩ましいですね・・・。

2019年11月10日 22:10
>アッキーさん
そうだ、おれっちだったんだYO!と返事が返ってきそうな勢いで彼です。
伏線も一本だけですが、ちゃんと張っておきました。
タミユク知ってない人には最後のオチが弱くなるのが弱点ですので、読む人を選ぶ短編となっております。
アッキーさんを最後の方まで騙せて、作者的には思わずニヤリ。須々木自身はアフロなんですが、リーゼントに変えたりしてるし、髪型系能力を複数得ている可能性があることから、こんな話が出来ました。

そう、問題はどう紹介するか。下手にタミユクから飛ぶと、犯人はヤスと言っているようなものですからね・・・。
番外編に載せるかどうかはアッキーさんの判断に任せます。(←丸投げ)